私には戦争体験を語る親族がいません。物理的に祖父母が遠かったということもありますが、実際語るさまを見たことがない。これが今の世の中的に一般的なことなのかどうかはわからないのですが、戦時経験のある方というのはどんどん減ってきているわけで、体験談を聞く機会というのは学校だったりなんだりのイベント的なものになっているのかもしれません。

そんなわけで教科書的な知識でなく実際の体験を語ってくれる存在が身近にいたら是非聞いてみたいと思いもするのですが、それがこの小説にでてくるおじいちゃんだったら、その機会は謹んで遠慮するかもしれません。いや、たまに会うのならいいけど肉親で毎日だったら苦難の日々になりそう。
なにしろおじいちゃんの話す内容といえばビルマでの自慢話ばかりでいかにイギリス兵を素手で殺したかとか、現地の娘にモテた話とか、備蓄がなくなったときに仲間から食料を上手く奪った話などなど。状況を考えず同じ話を繰り返して、ちゃんと聞かなければ鉄拳制裁。お腹を下して苦しんだ話をカレーを食べながらだって聞き続けなくてはいけないのだから。

主人公はこのおじいちゃんの孫、哲也。祖父と父との男3人暮らしで、祖父といかにうまく暮らすかが生活の中心にあります。
負けず嫌いで無敵な体力、頭があがらないのはかつての兵站病院の看護婦さんだけという祖父が突然倒れ、しかも入院中の寝言でありえない言葉をつぶやいたという。
「申し訳ない」
「申し訳ありません」

戦争中の出来事が自慢でしかないようなおじいちゃんが、夢のなかで誰かに謝罪している・・・という展開に、胸に秘めた祖父の戦争中の苦悩が明かされて、という流れがくるのかと思えばそうはならないのがこの小説の面白いところ。胸に秘めた後悔が明かされることには違いがないのだけれど、その後悔の正体が戦争を教科書で学びあたりまえに戦後を生きる私たちの感覚とは大きく隔たっていることを、ごくごく自然にさらっと書いているのです。
これは戦争小説でもあるけれど、ともに暮らす三世代を書いた家族の小説でもあり、その分かり合えない世代差のすれ違いと寄り添いをユーモアたっぷりに書いていて、なんにも深刻にならずに「日本の戦争」というものがすとんと胸に落ちてきます。

著者の古処誠二さんは戦争小説を書き続けてきた方ですが、帯の文句によるとこの小説は新境地であるらしい。
これまでどんな風に戦争を書いて今ここにたどり着いたのか、その軌跡を追いかけてみたくなる一冊でした。


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2013年3月7日更新
『死んでも負けない』 古処誠二

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