読む前の印象を、激しく覆された物語でした。
青春音楽物語という帯の詠い文句から、友人たちと衝突したり力を合わせたりしながら主人公が成長していくような、疾走感のある爽やかな物語なんだろうなと思っていたのです。

主人公はチェロをひく高校生。
音楽一家に生まれ、高校も音楽科、どっぷりとクラシック音楽の世界に暮らしています。
大人になった主人公が過去を振り返る形式で語られるので
物語冒頭から、苦い思い出の話なのだろうということは感じさせられます。

実際に読み進めていくと、これは苦いどころじゃない。
幼い恋と学内オーケストラの苦難を通じて主人公が頑張る、ぐいぐいと読ませられる一巻に続いて
大きな物語の転換となる二巻と結末の三巻は、読んでいて、早く先に読みすすめたい気持ちと
もう読むのをやめたいと思うようなつらさでの綱引きになりました。

音楽に熱中し、楽器をひたすらに練習し、より高みをめざすなかで語られるのは、
見た目爽やかな情熱なんかではなく、もっとどろどろとした、自分でも理解できないような自分。
この物語の中で、ある意味音楽よりも大切な要素であるのが「哲学」なのですが
この小説は生きるために「考える」物語。
そしてさまざまな人間関係が描かれますが、なにより「内省」の物語なのではないかと思います。

人はたとえ学校を卒業しても、一つの夢を諦めても、なにか区切りを見つけたようでも、
実は港に辿り着くことのない船に乗り続けてる。
わからないことを抱えながら、なにかを探しながら、諦めながら、迷いながら。
どうしたって逃れることのできない自分の中の自分に見つめられながら。

私は3巻を読みながらどうしようもなく涙を流しましたが、
これは主人公に共感したからとか、悲しいからとか、感情的な涙ではなくて
この物語に激しく心を動かされて、それをうけとめきれなくてあふれたもののように感じます。

ああ楽しかったと、思うような小説ではありません。むしろ苦しい。
けれど、折にふれて読み返したい、読まずにはいられないような大切な存在になりました。


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2013年2月16日更新
『船に乗れ!』 藤谷治

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