リアルな人生の苦味を効かせつつも、元気の出るお話。
地味だけれど、出し巻き卵みたいにじわ〜っと美味しさがひろがるような面白さなのです。

ひょんな失敗から長年勤めた会社をリストラされてしまった主人公。
再就職先をもとめてさまようなか、ふとみつけたどんぐりを、食べられないのかな?と思ったことをきっかけに
野草を摘んで調理し、釣りまではじめ、ついにはそれをお弁当として販売するところまでにいたります。

物語の前半は、会社の嘘やら上司の裏切りやら家族との辛い距離感やら
悲哀に満ちた泥臭いサラリーマン人生なのです。
でも、自分で食材を見つけること、そしてそれを調理することに目覚めてからは
体調が良くなり、人の縁にも恵まれ、とんとん拍子に気持ちのいいくらいのうまくいきっぷり!
「収入がなくなったって、食べるものがあれば死にはしない。
そしてその食べ物は、無料でこんなに身近にあるじゃないか!」という、
もともとは気の弱い主人公の、窮地での胆の据わりっぷりが人生を大きく変えていくのです。
うまくいきすぎなんじゃ?と思いながらも、充実感にあふれた人生の転換に励まされてしまいます。
たくさんのものを失ったように思えても、人生はどこからでもやりなおせる。
そう思えてきます。

そして野草、及び魚の調達、調理もこの物語のお楽しみのひとつ。
有川浩の「植物図鑑」や梨木香歩の「からくりからくさ」など、野草料理を楽しむ物語はいろいろありますが
ここまで具体的にあれこれでてくるのは少ないのでは。

はじめて読んだときよりも読み返したときのほうがその味わいは増すような気がするのです。
重ねた歳の数だけ、その旨味に気付けるようになるのかも。
人生のしょっぱさと力強い美味しさがぎゅっとつまった「ひなた弁当」。
ぜひとも、味わってみてください。


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2013年5月26日更新
『ひなた弁当』 山本甲士

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