「その日」とは1945年8月15日。
19歳の通信兵が迎えた、戦争の終わりの物語。

1945年の春に召集されてから終戦を迎えるまでの約三ヶ月、陸軍の特殊情報部の傘下で通信兵としての特訓をうけたという、西川美和さんの伯父の体験をもとに書かれています。
あとがきによれば、「一発の銃弾も放たず、辛く厳しい軍隊生活もそう長くは強いられず、劇的なことは何も起こらぬままに帰ってきてしまったという、まるで戦争の核心から疎外されたようなゆるやかな体験談」。
そこに描かれるのは、ただなかに巻き込まれて参加していたにも関わらず、当事者になりそこねた戦争。その感覚は今の時代の戦争を知らないわたしたちにも近く、通じるものがあるように感じました。

小説とともにあとがきがとても良いので、この本が気になって買うのを迷ったら、まずあとがきだけでも読んでみて欲しいと思うのです。
西川美和さんはこの本を2011年の早春に書き始めました。震災と戦争を比較して考えることはできないし、執筆が震災と重なったということは偶然ですが、結果としてこの物語に大きな影響を与えたと書かれています。そして読んでみた私も、この物語のなかに過去に生きた人と今生きる人の遠からぬ距離を感じたのでした。
少しだけ、抜粋。
ーあの夏もきっと、けたたましさと様々な死との隙間には、こんな静けさがあったのだろうか。伯父は、いや伯父だけではなく、崩れゆきつつあるこの国の地盤の上に立っていた人々は、様々な場所で、何を思い、何を頼みにそれぞれの目の前の日常を生きたのだろうと、私は初めて実感を伴いながら、思いを馳せましたー

戦争を題材にしたものを苦手と感じる人にもおすすめしたい、あたらしい戦争小説です。


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2013年6月9日更新
『その日東京駅五時二十五分発』 西川美和

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