2013年の太宰治賞を受賞して一冊の本として世にでてきた小説であり、作家さんです。
これがデビュー作であると同時に初めて書いた小説だそうですが、『太宰治賞2013』という受賞作と候補作をまとめた本を読んだときに、すごい作家がでてきた…!と衝撃を受けました。
言葉の通じない場所で暮らしたことのある人、逆にまったく母語というものを実感したことのない人にもおすすめしたいです。

この物語の主人公サリマは内戦のアフリカから家族でオーストラリアに逃れ、なんの縁もない言葉もままならない場所で2人の息子を育てながら精肉作業場で働き、職業訓練学校で英語を学ぶ。言葉を理解できぬまま異国に暮らすことは、必要最低限の暮らしはできても本当に欲しいものは手に入れられない。奇異なものを見るような視線から自分を、家族を守れない。
幼い子どもたちが母語のように英語を身につけていく傍らで新しい言語の習得に挑むことは、生きる術を獲得することであり、人としての尊厳を取り戻すことと同義になっていきます。

これまでただ必死に生き延びてきた女性が、できることを増やしながら、そうして小さく生まれた自尊心をときに踏み潰されながらも、新しい言葉とともに人とつながり、自分の人生を獲得していく。それを描く言葉の力強いこと!
言葉というものが人にあたえる力。そして言葉が拓いていく世界の広さ。

小説というのは書こうとすれば、紙とペンがあれば誰でも書き始めることはできるものだけれど、いざ最後まで書きあげることのできる人はそれほど多くないと思うのです。それは技巧うんぬんのことでなく書く熱量の問題で。しっかりしたテーマがあるべきとか、読む人に伝えたい何かがあるかとかそういうことではなくて、なんであれ物語の最後まで書き続けるための火を灯し続けるガソリンのようなものが作者本人の身のうちにないと難しい行為なのではないかと。
この小説を読んだときに、その熱が噴き出すような言葉の力になって迫ってくるように感じたのです。
それがデビュー作のこの作品限定のものなのかはわかりませんが、次に書くものも読んでみたい!と感じる作家さんです。


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2014年1月5日更新
『さようなら、オレンジ』 岩城けい

受賞作 日本の物語